第95回 「地方創生で私大文系が難化のワケ」
皆さん!こんにちは!!当ブログではこれまで多くの記事の分析を通して、首都圏私立大学の競争激化を議論してきました。その最大の要因は「私学助成金を巡る定員管理の厳格化」である事ははっきりしていますが、本日取り上げる週刊新潮の記事は従来脇役とされてきた「地方創生」をキーワードにして、競争激化を分かり易く説明しています。早速中身を見てみましょう!!
⇒「早稲田」「慶應」「MARCH」に入れない
2020年度からの大学入試改革でなにが変わるのか。将来の受験生も、その親や祖父母も、それが気がかりなのは当然だが、その間に、入試をめぐって別の事態が進行していた。
「今年は2、3年前なら早慶に合格していた学力の子が、かなり落ちました。あわよくば早慶、悪くてもMARCHのどこかに引っかかると思われた子が、MARCHにも合格できないというケースも多かった」
都内の中堅どころの私立中高一貫校の進学指導担当者はこう嘆く。ちなみにMARCHとは明治、青山学院、立教、中央、法政の各大学の頭文字で、これに学習院を加えてGMARCHと呼ぶこともある。中学受験塾SAPIX小学部の教育情報センター本部長、広野雅明氏も言う。
「数年前まで、私立の中高一貫進学校はどこも学校説明会で、早慶やGMARCHへの進学実績に触れていましたが、ここ2、3年は合格実績が伸びず、そういう話はめっきり聞かれなくなりました。今まで私立の進学校に通えば上位層なら早慶、真ん中くらいの成績でもGMARCHには行けると言われていましたが、厳しくなっています」
どうして、こうもにわかに「厳しく」なってしまったのか。大学通信常務取締役の安田賢治氏は、
「私大の志願者数が増加しているにもかかわらず、合格者数は減少しているため、各大学の倍率が跳ね上がり、受験生にはかなり厳しい状況になっています」
と言って、 データを示す。
「私たちが調べた首都圏37大学のデータでは、2017年は16年にくらべ、志願者は10万7千人増加しましたが、合格者数は1万1千人減りました。18年はさらに激化し、志願者は17年より10万7千人増えたのに、合格者数は2万7千人も減りました。なかでも早稲田は16年から2年間で合格者数を約3500人減らした。2年間で合格者が24%も減った計算になります。法政に至っては約5700人減少し、合格者が32%も減った計算になるのです」
ちなみに慶應大は、もともと合格者をあまり多く出していなかったうえ、小論文対策が必要なので、私大の併願の対象になりにくい。このため倍率こそさほど変化していないが、私大全体の難化につられ、より入りにくくなっているという。
⇒“助成金カット”政策の狙いは「地方創生」
実はこの事態、「国策」によってもたらされたものだった。安田氏が続ける。
「16年から私立大学の定員が厳格化されました。15年までは、収容定員8千人以上の大規模大学について、入学定員充足率、つまり入学定員に対する入学者数の割合を1・2倍までに抑えれば、私学助成金が交付された。ところが、この基準が変更され、16年は1・17倍、17年は1・14倍、そして今年は1・1倍を超えると、助成金が全額カットされてしまうことになりました。さらに来年の入試では、全額カットの基準は据え置いたうえで、1・0倍を超えたら、オーバーした入学者の分だけ助成金が減額されます」
そもそも私大はなぜ、定員を大きく超える合格者を出すのか。教育ジャーナリストの後藤健夫氏に説いてもらうと、
「私大はいくつも併願が可能で、ほかの私大や国公立大学に合格し、そちらに入学してしまう受験生が多い。それを見越して、毎年入学定員充足率の基準以下になるように調整しつつ、多めに合格者を出します」
その基準が年々厳格化され、私大は文部科学省から「守らないと私学助成金をあげないぞ」と脅されているわけだ。助成金が収入の約1割に当たる私大は、矢も楯もたまらず合格者を減らし続けているのである。
後藤氏は、この政策の背景について、こう説く。
「都心部に多い私立大学の間口を絞り込み、少しでも地方に学生を流したい、という意図があります」
実際、文部科学省も、
「この厳格化には大きく二つの目的があります。一つは地方創生のため、大都市圏への一極集中を緩和するという目的。もう一つは学生に対し、教育の質をしっかり保証することです」
と返答する。もっとも、さすがにやりすぎを認識したのだろうか。
⇒「厳格管理」緩和の可能性も!?
「都市部の私大が予想以上に難化しているという声は届いています。教育の質を保つことなども踏まえながら、来年も予定通り厳格化すべきかどうかも含め、判断することになります」
と加えるが、地方創生を補強する法案も、5月25日に参院本会議で可決された。東京23区内で大学の定員増加や学部・学科の新設を10年間禁ずる「地域大学振興法案」がそれだ。
16年12月、地方六団体から、地方大学の振興と東京23区内の大学の定員抑制について、必要な立法措置を講ずるように要望がありました。それを受け、昨年2月に有識者会議で検討され、12月に最終報告をまとめていただいた。これを踏まえ、われわれは法案を立案しました」
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部はそう答えるが、これで地方は「創生」できるのか。安田氏は、
「効果は限定的でしょう」
と見る。その理由は、
「首都圏の有名私大に通う学生の7割以上は、1都3県の出身者。入試が多少厳しくなっても、残り3割が地元の私大や国公立大に進路を変更するケースは、全体から見ればごく少数でしょう。また都市部でも地方でも、近年は地元志向が強い。地元志向の受験生はもともと地元の大学を受けているし、ましてや首都圏の受験生が志望を変えてまで地方の大学を受験するケースは少ないです」
⇒恩恵を受けたのは「地方」ではなく「郊外」
駿台教育研究所進学情報事業部長の石原賢一氏も、
「実際は、学生は全然地方に流れていません」
と、政府の狙いが的外れであったことを指摘する。
「データ上は、12年ごろから全私大の45%ほどが定員割れしていたのが、昨年は40%ほどに収まりました。しかし話を聞くと、埼玉や北関東の私立大学関係者が“久しぶりに定員が埋まった”と言っている。学生は地方ではなく、首都圏やその周辺部の人気が低かった私大に流れているんです。郊外の私大のほとんどで入学者のレベルがアップしているようです」
石原氏はさらに、
「地方の大学から一流企業に割り当てで就職枠がある、というようなインセンティブがないと、地方創生は難しいと思います」
と加える。結局、あおりを受けるのは、
「1都3県や関西圏の有名私大志願者。彼らは志望校を1ランク下げることを強いられているのです」
と、安田氏。教育現場は大混乱で、
「知人の高校教師は今年の大学受験について、“併願校を2校ずつ増やさせたが、それでも厳しかった。例年なら受かるはずの子が軒並み落ち、確実に受かるというラインの子しか受からなかった。すべり止めにも落ちた子が多かった”と嘆いていました。有名私大は数年前なら模試でB判定、C判定でも受かることはよくありましたが、今はA判定でないと合格は相当難しい、という印象です」
また、石原氏はこんな指摘をする。
「少子化なので減って当たり前のはずの浪人が、私立文系では増えていて、駿台でも前年比で1・2倍くらいに増加しています」
ところで私大の、特に文系は、「国策」が講じられる前から入試が激化していた。河合塾教育情報部の富沢弘和部長の話。
「国公立大学は15年の入試から、理科の負担が増えました。理系志望者には出題範囲が広がり、文系志望者も2科目の選択が必要になり、これによりセンター試験が必須の国公立大以上に私大の人気が高まりました。また、リーマンショックから数年は就職が厳しくなったこともあり、手に職がつく理系の人気が高まりました。しかし、ここ数年は就職率も上がり、再び文系の人気が高まっています」
そのタイミングで一気に間口を狭めたのだから、受験生はたまらない。
「河合塾ではチューターという進学アドバイザーが受験生の進路指導をしますが、ここ2年ほどはチューターにとっても非常に難しい入試だった、という声が届いています。ベテランのチューターであれば、受験生の模試の成績などから、高い精度で合格の確率を予想できますが、ここ2年は前年の感覚が通じず、合格率が読みづらかったのです」